【論文】FOCUS 人口戦略会議「新増田レポート」を検証する

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はじめに

2024年4月24日、人口戦略会議なる団体が、「地方自治体『持続可能性』分析レポート -新たな地域別将来推計人口から分かる自治体の実情と課題-」と題する報告書を発表した。同レポートを全文掲載した『中央公論』2024年6月号の特集記事には「最新版 消滅する市町村744全リスト」というタイトルが掲げられている。

この特集記事のタイトルからもわかるように、同レポートは、2014年に日本創成会議(増田寛也座長)が発表した「消滅可能性都市」リスト(いわゆる「増田レポート」)から10年を経て、人口戦略会議(三村明夫議長、増田寛也副議長)が、新たな視点を取り入れて、推計し直したものである。

今回も、増田氏が主導した民間団体がマスコミを使って大々的なキャンペーンを行ったことから、「新増田レポート」とも呼ばれている。10年前の増田レポートは、それをきっかけに第二次安倍政権の下で地方創生政策が始まったり、その後の国土形成計画や総務省の「自治体戦略2040構想」、そして第33次地方制度調査会の議論の大前提とされることになり、国や地方自治体の政策形成において、大きな影響を与えた。

では、今回の新増田レポートは、何をねらって、このタイミングで発表されたのだろうか。小論では、右の疑問とともに、そもそも人口戦略会議とは何か、そのレポートの内容についても、検証してみたい。

日本創成会議から人口戦略会議へ

まず、人口戦略会議とは何か、という点から確認していきたい。10年前の増田レポートをまとめた団体は、前述のように日本創成会議であった。同団体は、東日本大震災後の2011年5月に、震災復興でさらなる構造改革をすすめるために設置された「有識者」の集まりであり、事務局は日本生産性本部におかれた。増田氏を座長に、牛尾治朗じろう、大田弘子、佐々木たけし新浪剛史にいなみたけし、樋口美雄よしお、古賀伸明氏ら、財界・学界・労働組合のオピニオンリーダーから構成されていた。同会議は、2013年に人口減少問題検討分科会を設置し、2014年5月にかけて、全市町村について人口シミュレーションを行い、それをもとに『中央公論』誌に対談や論文という形で検討成果を随時発表、5月14日に全国一斉に報道解禁となり、全896の「消滅可能性都市」リストが固有名詞とともに発表された。その1週間後に、当時道州制とさらなる町村合併にこだわっていた経団連の道州制推進委員長の畔柳信夫三菱東京FJ銀行特別顧問を会長に据えた第32次地方制度調査会が発足した。後に、増田レポートの公表日については、当時の菅義偉すがよしひで官房長官と増田座長が示し合わせて決めていたことがわかっている。いわば、ショックドクトリンであり、増田レポートは、その後、中公新書として『地方消滅』というタイトルで出版されて、ベストセラーとなった。

人口戦略会議は2023年に設立された民間団体である。『中央公論』2024年2月号に、三村議長と増田副議長との対談が掲載されている。そこで、同会議設立に向けた思いを語っているので、それをみてみよう。三村氏は日本製鉄会長であり、日本商工会議所会頭、経団連副会長を務めるとともに、政府の経済財政諮問会議民間議員、中央教育審議会会長も務めた財界の有力者である。その三村議長は、経済財政諮問会議の下に設置された「『選択する未来』委員会」の会長を務め、増田レポートが発表された時期に人口問題について提言した経緯がある。それから10年経っても、事態がほとんど進んでいないという危機感から、有識者28名が個人の立場で集まった民間組織を立ち上げたという。

あえて国の機関としてではなく民間団体としたのは、結婚や出産という問題に国が上から指示するのは「なかなか難しい」ので、民間の立場から自由に発言できるようにしたからだそうだ。増田副議長は、増田レポート後の10年、とりわけ地方創生政策を振り返り、政策がバラバラであり、地方自治体の方は社会増などによる人口増加策に力を入れたために、人口減少に歯止めがかからなかったとし、その危機感から改めて人口戦略を検討したと表明している。

メンバーには、日本創成会議の構成員でもあった古賀氏や樋口氏らの名前もあるが、必ずしも政府や財界寄りの立場にはない白川方明・元日銀総裁の名前もある。一方その会議体の事務局を担っているのは、増田レポートで人口推計作業を担当した北海道総合研究調査会であり、実務幹事のひとりに、「ミスター介護保険」という異名をもつ、厚生労働省出身で地方創生推進室長も務めた内閣官房参与の山崎史郎氏が入っている点も注目される

人口戦略会議は、2024年1月に『人口ビジョン2100 ー安定的で、成長力のある「8000万人国家」へ』という「中間報告」を発表し、4月24日に岸田首相ら政界、財界、労働界、地方自治体関係者、有識者など約500名の参加で「人口戦略シンポジウム」を開催するとともに、先のレポートと「人口戦略会議アピール」を採択し、その内容を前述のように月刊誌『中央公論』の誌面を使って発表した。ここまでは、10年前のアピール方法と基本的には同じ手法である。

ところが、新増田レポートの全国紙、地方紙での扱いは、前回と比べると低調であり、むしろ批判的な論調が目についた。例えば、山陰中央新報デジタルは、丸山達也島根県知事が、レポート発表当日の定例記者会見で「日本全体の問題を自治体の問題であるかのようにすり替えている。アプローチの仕方が根本的に間違っている」と指摘し、「市町村単位で問題を置き換えて考えることがナンセンスだ。市町村のマルバツを付けて物事を見るのは正しい見方ではない」と厳しく批判したと報じている。一方、SNSでは、20~30歳代女性を「産む性」としてしか見ていないことへの反発が目立った。

新増田レポートは何をねらって作られたのか

新増田レポート自体は、一言でいえば10年前の「消滅可能性都市」リストを、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」をもとに、人口の自然増減、社会増減という要素を加味して、10年ずらして計算し直したものである。結果、2020年から50年にかけて、若年女性人口(20~30歳代)が50%以上減少する、彼らのいう「消滅可能性自治体」は、744とカウントされ、10年前の896から大きく減少した。この中には、前回は計算から外されていた福島県内の自治体も入っており、私たちが批判したように、10年前の独自の推計方法自体が過大なものであったことを示している。併せて外国人の増加が人口減少を緩和させた自治体もあった

実は、増田氏自身が前回レポートの「推計法は粗すぎた」と認めている。そこで、今回のレポートでは、独自推計ではなく国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口に基づいて、人口の自然増減、社会増減という分析軸を付け加えたとしている。こうすることで、前回レポートにもとづく地方創生政策のとりくみが、自治体ごとの社会減対策に偏ってしまい、「自然減対策は完全に失敗だった」と結論づけている

では、新増田レポートで、増田氏らは何をしようとしているのか。前述の引用からも読み取れるように、従来の地方創生政策については限界があるという認識が前提にある。それは、増田氏と三村氏との『中央公論』誌上での対談でも「(地方創生)の主眼は人口減少に歯止めをかける社会システムの構築にあった。しかし、『地方消滅』が注目され、市町村それぞれが人口ビジョンを打ち出したせいか、地方自治体は自らの住民数を増やすことに躍起になり近隣自治体との移住者の奪い合いに終始してしまった感があります」(増田氏)とか、「率直に言って、政権が真正面から取り上げなかったのが大きな要因です」(三村氏)と語っていることから明らかである。それにしても、そのような人口ビジョンを作ることを自ら提唱したことを忘れたかのような表現には驚いてしまう。

この対談で両氏が強調しているのは、人口戦略会議が2024年1月に提言した「人口ビジョン2100」のように「将来に向けて、今、かじを切ろうという方向性を示し、政府に国家ビジョンを掲げてほしいと要請する」ことであった。同提言では、2100年に人口8000万人を確保して安定的で成長力のある社会を実現することを目標にすべきであり、そのためには人口の定常化を図る「定常化戦略」と生産性を向上させる「強靭化戦略」の二つの戦略を一体的・統合的に推進する司令塔として、内閣の下に「人口戦略推進本部(仮称)」の設置が必要だとしている。そして人口戦略を推進するための超党派的・国民的運動の取り組みが重要だとも指摘している

こうなると、人口戦略会議は、地方創生に代わる新たな地方制度改革を求めているわけではなく、日本の国家戦略としての人口戦略と、その推進体制づくりに政財界あげて取り組むべきであると主張しているようである。実際、新増田レポートの内容は、政府の重要政策文書のなかに次々と盛り込まれてきている。その政策立案過程のなかでもっとも活躍している人物が増田氏である。

人口戦略会議の提言はどのように岸田政権の基本政策に盛り込まれているのか

まず、2024年4月9日に開催された財政制度等審議会財政制度分科会では、財務省作成資料のなかで、前述の国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」を使いながら、人口減少を念頭においた社会資本整備の必要性が述べられていた。その際、能登半島地震の復旧・復興についても言及し、今後の復旧・復興にあたっては、コストを念頭に「集約的なまちづくりやインフラ整備の在り方も含めて、十分な検討が必要」であるという文章も盛り込まれ、被災地から反発の声があがったのである。同分科会終了後の記者会見に登場したのは、分科会長代理の増田氏であった。ちなみに、会長は十倉雅和とくらまさかず経団連会長・住友化学会長である

また、6月10日には、デジタル田園都市国家構想実現会議の席上、同会議事務局及び内閣府地方創生推進事務局の連名で「地方創生10年の取組と今後の推進方向」という議事資料が提出された。いわば、地方創生10年の総括文書である。

同文書では、地域によっては人口増加等がみられたものの、「国全体で見たときに人口減少や東京圏への一極集中などの大きな流れを変えるには至っておらず、地方が厳しい状況にあることを重く受け止める必要がある。地方創生の取組においては、各自治体がそれぞれに人口増加を目指し、様々な施策を展開してきたが、成果が挙がっているケースも、多くは移住者の増加による『社会増』にとどまっており、地域間での『人口の奪い合い』になっていると指摘されている」と総括されているように、人口戦略会議のレポートと同趣旨の文章となっている。実際、同会議の有識者のメンバーには、増田氏に加えて竹中平蔵氏らも入っているのである。

ちなみに増田氏は、第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」策定に関する有識者会議の座長もしていた。地方創生総合戦略の提唱者が中間評価機関の座長となり、さらに地方創生を改称したデジタル田園都市国家構想実現会議の有識者委員となって、地方創生の10年を評価し、あらたな取り組み課題を提起しているのである。したがって、なぜ少子化や東京一極集中が止まらないのかということについての本質的、根本的な批判的検証は期待しえない政策検証体制になっていたのである。

では、「地方創生10年」の政策文書のなかで、何が「今後の推進方向」として書かれているのか。ここでは、柱だけ示しておきたい。①東京圏への過度な一極集中への対応、②少子化への対応、③地域の生産年齢人口の減少への対応、④地域資源を生かし、付加価値を高める産業・事業の創出、⑤地域における日常生活の持続可能性の低下などへの対応、⑥都市部と地方との連携機会の拡大、⑦大規模災害被害からの創造的復興に向けた貢献、⑧地方創生の取組に悩みを抱える自治体へのきめ細やかな支援、⑨地方創生の取組を加速化・深化するデジタル活用の更なる拡大、⑩地域・社会課題の解決に向けた規制・制度改革。地方自治体関係でいえば、デジタルを活用した政策間連携、広域連携、官民連携の強化をうたっており、この点は「自治体戦略2040構想」や第33次地方制度調査会答申の内容と重なっている。

次の注目点は、6月21日に経済財政諮問会議が決定した「経済財政運営と改革の基本方針2024」に、人口戦略会議の提言がどれだけ反映されたかということであった。同会議が強く提言していた人口戦略推進本部のような組織体制については明示されてはいない。ただし、デジタル田園都市国家構想実現会議で提起されていた対策については、第2章「社会課題への対応を通じた持続的な経済成長の実現」の「5 地方創生及び地域における社会課題への対応」という節に盛り込まれている。

そこでは、前出の「『地方創生10年の取組と今後の推進方向』を踏まえ、人口減少、東京一極集中、地域の生産年齢人口の減少や日常生活の持続可能性の低下等の残された課題に対応するため、女性・若者にとって魅力的な地域づくり等地域の主体的な取組を、伴走支援を含めて強力に後押しし、国民的議論の下、強い危機感を持って地方創生の新展開を図る」としたうえで、「デジタルの力を活用して地方創生を加速させるとともに、行政区域にとらわれず暮らしに必要なサービスが持続的に提供される地域生活圏の形成や地方と東京の相互利益となる分散型国づくり等を進め、デジタル田園都市国家構想を国土形成に展開する」と述べており、ほぼ「自治体戦略2040構想」の域に留まっている。

おわりに

すでに述べたように、新増田レポートでも、旧レポートと同様、現代日本において、なぜ人口減少・少子化傾向と東京への人口の一極集中が進行しているのかをめぐる、構造的な分析はなされていない。そこから導き出される処方箋は、結婚や出産、育児をめぐる社会的規範や個人の価値観の転換、そして「地方での魅力的な職場づくり、男女の役割意識の改革」といったものとなる

しかし、戦後日本における少子化・人口減少問題は、すでに高度経済成長期における「過疎・過密」によって、山間地域で顕在化していた。それが加速し広がったのは1980年代半ばからの経済のグローバル化と経済構造調整政策の展開による。貿易と投資の自由化によって、地方の地域経済の基盤産業であった農林水産業や地場産業が衰退する一方で、グローバル化による経済的利益は多国籍企業本社が集積する東京に集中することになった。2000年代に入ってからの小泉構造改革の一環としての非正規労働の拡大は、大都市部における青年層の低賃金と雇用の不安定化を拡大した。他方で、市町村合併の推進と三位一体の改革、さらに第二次安倍政権の下で推進されたTPP等のメガFTAの締結によって、地域産業だけでなく公共事業や公共施設の市場開放もなされた。とりわけ市町村合併は、能登半島地震被災地自治体のように、地方公務員の数を3割以上減少させることとなり、地方における働く機会、定住条件、さらに国土の保全機能を大きく崩すことになったのである

この傾向は、コロナ禍後、一層顕著になってきている。とりわけ東京都では就業機会が増加し、人口の社会増が続いているものの、アベノミクスの結果、物価や地価の上昇に比べ賃金の目減りが激しく、青年層の貧困化が進行し、結婚難、住宅難という問題につながり、2023年の合計特殊出生率が1を割り込む事態になっている

以上のような、経団連が求めてきた「グローバル国家」型構造改革政策の根本的転換なしに、個別自治体の人口対策や若い女性に責任を求めるかのような施策をいくら場当たり的に繰り出しても、日本経済再生の基盤となる地域経済や社会の再生、維持は極めて難しいといえよう。

他方、人口減少問題や少子化問題で、厳しい中でも安定的な人口定住を実現している自治体は、実は「小さくても輝く自治体フォーラム」に集まる住民自治に基づく地域づくりを系統的に行ってきた町村に多く見られるし、全国市長会の調査でも地域コミュニティが充実している都市自治体ほど出生率が高いという傾向が明らかになっている。しかも、そこでは、人口を増やすことに第一義的な価値を求めているわけではない。たとえ人口が減少したとしても住民の幸福度をいかに高めるかということに目標を置き、自治体関係者と住民が主体的に学び、住民自治を実践していることがもっとも注目すべき点である。

地方自治体の地域づくりが、いかに主権者である住民の主体的参加の下に行われ、住民のためになっているのかということこそ大切なのである。そのような住民自治を基本にした地方自治体の展開を国が上から押さえつけようとする集権的な地方自治法改正は、百害あって一利なしといえる。

【注】

  1. 岡田知弘『「自治体消滅」論を超えて』自治体研究社、2014年。
  2. 『中央公論』2024年2月号による。
  3. 山陰中央新報デジタル 2024年4月24日配信記事
  4. 岡田知弘、前掲書(『「自治体消滅」論を超えて』)参照。
  5. 増田寛也「自然減対策は完全に失敗だった」『週刊東洋経済』2024年5月11日号
  6. 三村明夫×増田寛也「対談 今が未来を選択できるラストチャンス」『中央公論』2024年2月号
  7. 三村明夫+人口戦略会議「緊急提言『人口ビジョン2100』」『中央公論』2024年2月号
  8. 東京新聞』2024年4月17日付。
  9. 三村明夫+人口戦略会議前掲論文(「緊急提言『人口ビジョン2100』」『中央公論』2024年2月号)。
  10. 岡田知弘「21 世紀日本の地域経済構造の変容」『季刊経済理論』59 巻3号、2022年、岡田知弘「公共の民営化路線40年の到達と[公]の再建」『経済』2024年7月号、参照。
  11. 山本由美・久保木匡介・川上哲・東京自治問題研究所編著『徹底検証! 東京都政』旬報社、2024年、参照。
  12. 前掲『住民に身近だからこそ輝く自治の軌跡』及び、全国市長会少子化対策・子育て支援に関する研究会「人口減少に立ち向かう都市自治体と国の支援のあり方」2015年5月、参照。
岡田 知弘

1954年富山県生まれ。京都大学大学院経経済学博士後期課程退学。岐阜経済大学講師を経て2019年3月まで京都大学大学院経済学研究科教授。専攻は地域経済学、農業経済学。主な著書に『地域づくりの経済学入門 増補改訂版』『公共サービスの産業化と地方自治』(共に自治体研究社)など多数。

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