【論文】地方自治法「改正」の問題性と現場への影響

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地方自治法「改正」を自治の現場から問う

本年6月19日の地方自治法「改正」は、国の地方自治体に対する無限定の「指示権」を与えるとともに、「指定地域共同活動団体制度」による共助のしくみづくりは公共サービスのあり方を大きく変えかねません。本特集は、改正地方自治法が地方自治の現場にどのような影響を与えるかを、自治体運営と公務労働の現場、そして住民自治の側面から検討します。

地方自治法「改正」の問題性と

現場への影響

本年6月19日の地方自治法「改正」の最大の問題点は、「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」を理由に、国の地方自治体に対する「指示権」を拡大する点です。改正法は、改憲項目とされている緊急事態条項を一部先取りし、包括的な指示権の行使で地方自治体を国に従属させるなど重大問題を含んでいます。

地方自治法「改正」6つの問題点

本年6月19日、地方自治法の一部改正が成立しました。改正法の最大の問題点は、「国と地方公共団体との関係等の特例」(14章)を新設し、「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」(「重大影響事態」といいます)を理由に国の地方自治体に対する「指示権」を拡大する点です。

「指示権」の拡大は、①地方自治を破壊するものであること、②立法事実が存在しないこと、③要件や手続が大雑把で濫用のおそれのある無限定な指示権であること、④武力紛争をめぐって発動されるおそれがあること、⑤改憲項目とされている緊急事態条項の一部先取りであること、⑥災害対策を歪めるおそれがあることという6つの重大問題を含んでいます。

地方自治の破壊

日本国憲法は、戦前の自治体が自治体ぐるみで侵略戦争を遂行する一翼を担わされたことに対する反省から、「地方自治」を明記した第8章を設け、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」(92条)とし、団体自治と住民自治を保障しています。

団体自治とは、地方自治体が自主的・自立的に、国の干渉を受けることなく、その判断と責任で自治体の運営を決定していくことです。地域の実情にそった主体的な自治体の運営を目指すものであり、住民による統治を意味する住民自治と相まって自治体と住民が主人公となる文字通りの「地方自治」を実現しようとするものです。

改正法が創設した国による地方自治体に対する「指示権」の発動は、国の地方に対する強力な関与を認めるものであって、団体自治を破壊するものです。地方分権一括法(1999年成立、2000年施行)は、本来は望ましくない代執行などの国の関与を認めるものの、少なくとも国と地方自治体の関係については、国と自治体の関係を上下・主従から対等・協力の関係に変えることを提唱するものでした。しかし、改正法は、包括的な指示権の行使によって地方自治体を国に従属させるものです。

第33次地方制度調査会(以下、33地制調)では、デジタル化の進展と感染症による危険の拡大を口実に「分権から集権への転換」が押し出されています。このことに鑑みれば、「指示権」の拡大の実態が地方分権の流れに逆行するものであることは明らかです。

立法事実の不存在

33地制調では、指示権を拡大する理由ついて新型コロナ感染症など個別法が想定しない事態が発生するおそれがあることを挙げています。

しかし、一斉休校やPCR検査の制限、「アベノマスク」の配付のような現場から遊離した政府の措置が新型コロナ感染症の対策に大きな混乱をもたらしたことは明らかです。現場を混乱させたのは国であって、国に指示権がなかったからではありません。他方、国会審議では指示権があれば適切に対処できたという説明もありませんでした。

また、緊急の事態が生じた場合であっても、国と自治体の協議と合意に基づいて対処し、法律で追認していくのが本来の姿です。新型コロナ感染症においてもそのような対応がなされてきました。災害対策基本法や感染症法はその都度改正されており、実際に指示権を必要とするような「想定しない事態」を国はまったく説明できていません。

2015年9月に日本弁護士連合会が実施した東日本大震災の被災地自治体へのアンケートでは、「災害対策・災害対応について市町村と国の役割分担をどうすべきか」という問いに対し、市町村主導という回答は79%だったのに対し、国主導と回答したのは4%にすぎません。国主導の「指示権」の拡大は、実際の被災自治体の声にも反するものです。

指示権の拡大を必要とするような立法事実は存在していません。

個別法が想定しない事態があるなどという理由で地方自治法という一般法で包括的な権限(指示権)を国に与えることは許されません。

立憲国家、法治国家においては、憲法が保障する基本的人権や地方自治の本旨は最大限の保障を必要とします。これらを制限する国の権限を認めるためには、個別法による指示や想定される事態の性格に応じた要件や効果を厳格に定めるべきです。そして、国会の審議によって法制化することが民主国家のあるべき姿です。想定しない事態が発生するかもしれないから予め国に強大な権限を与えておくとする今回の指示権の有り様はこうした立憲国家、法治国家、民主国家を否定するものといえます。

無限定の指示権

従来の地方自治法では、法定受託事務について法令違反あるいは著しく不適正かつ公益侵害が明確な場合、その是正又は改善の指示は認められていましたが(地方自治法245条の7)、自治事務に対する指示権は認められていませんでした。

これに対し、改正法の「指示権」は、法定受託事務だけでなく、自治事務についても認められる包括的なものです。その上、法律上、要件や手続にまったく限定がないというに等しく、国によって恣意しい的に運用される危険があります。

改正法は、「指示権」が発動される「重大影響事態」として「大規模な災害や感染症のまん延その他」としており、災害や感染症は例示です(地方自治法252条26の5)。「その他」が何を指すかは明らかではなく、「国民の安全」「重大な影響」「事態」等、どの文言も漠然としています。改正法が予定する「個別法が想定しない事態」は曖昧なままです。しかも、「重大影響事態」が発生する「おそれ」があれば「指示権」の発動が可能であって、際限なく発動場面が広がるおそれがあります。

その上、発動するかどうかは、各大臣が「特に必要と認めるとき」、閣議決定で決めることができるとされています。事前の国会承認は不要です。地方自治体への意見聴取は努力義務とされており、結局、地方自治体の意見を聴取しなかったとしても違法とはなりません。このように改正法の「指示権」発動の仕組みは、国に対する民主的なコントロールがほとんど及ばないものとなっています。

時の政権による恣意しい的な運用が可能な仕組みといわざるをえません。国による権力の行使を抑制しようとする姿勢がまるでなく、立憲主義と法治主義を掲げる国の法律とはいえないひどい内容です。

今、名護市辺野古沖では沖縄県と県民の反対の声を踏みにじって日本政府が新基地の建設を強行しています。国の意向に従わない地方自治体を力ずくで従わせようとする姿勢があらわです。改正法の「指示権」によって地方自治体の意向を無視して国に従わせる強権的なやり方が全国に広がっていくおそれがあります。

武力紛争をめぐる発動のおそれ

特に、国会審議において、「地方分権はあくまで平時の議論であり、非常時及び緊急時の議論とは次元が異なる」という発言があったことは看過できません。自治体の自主性・自立性が認められるのは平時の日常業務だけであり、そうでなければ国に従わせるということを当然視するものです。地方自治の本旨を根底からないがしろにしています。

指示権が武力紛争をめぐる事態に適用されるとすれば、自治体と自治体職員は戦争にまるごと動員されることになります。

現行の有事法制は、事態対処法、自衛隊法、国民保護法、特定公共施設利用法などからなっており、武力攻撃事態などで国の地方自治体に対する指示権が認められています。しかし、その内容は、住民の避難・誘導・救援(国民保護法52条、56条等)と港湾・空港の利用(特定公共施設利用法7条、11条)に限定されており、指示権を行使するには総合調停と自治体の意見申出権が要件となっています。自治体を戦争体制に組み込むことを想定する有事法制でさえ、国に自治体に対する無限定の指示権を認めているわけではないのです。

ところが、改正法が認める包括的な「指示権」は、要件や手続が無限定であり、「危険」があるとなれば国への白紙委任を認めるに等しいものです。国民の安全を口実に有事法制ではできない広範な指示権を発動することが可能です。

「武力攻撃に備えて自衛隊のために通行路を開く指示」「公共施設に防護措置を施す指示」「ミサイル攻撃に備えて職員を庁舎に待機させる指示」など、地方自治体を戦争体制に組み込む指示が発動されるおそれがあります。

国会審議では、改正法による指示権の拡大は「戦争する国」づくりの一環であるとして、日本共産党をはじめとする野党から厳しい追及がなされました。政府は、有事においては必要な規定はすべて法定されているとし、木原稔防衛大臣は、「重要影響事態、武力攻撃事態、存立危機事態への対応は必要な規定が整備されている」と答弁するなど、武力紛争をめぐる事態での指示権の発動はないと弁明せざるを得ませんでした。こうした答弁による縛りはたいへん重要なものです。もっとも、こうした制限は法文のどこにも書かれていません。改正法の成立時には想定外の事態が発生したなどとし、指示権の発動を強行しないなどという保障はありません。

安保三文書(国家安全保障戦略)では、「平素から国民や地方公共団体・企業を含む政府内外の諸機関が安全保障に対する理解と協力を深めるための取組を行う」と定めています。改正法の「指示権」は地方自治体を安全保障(戦争)のために「協力」させる仕組みとなりうるものであって、戦前のように自治体を全面的に戦争態勢に動員できるものです。

緊急事態条項の一部先取り

2012年に公表された自民党の「日本国憲法改正草案」は、緊急事態条項の創設を謳っており、その効果の一つとして国による地方自治体への指示権を挙げています(同草案98条、99条)。

地方自治の本旨を保障する日本国憲法の下、立法レベルで国による地方自治体への包括的な自治権を認めることは憲法92条をはじめとする地方自治の規定に反する違憲の規定というほかないものです。だからこそ、自民党自身が国の地方自治体に対する指示権を認めるには「憲法改正」を必要とするとしていたのです。しかも、自民党改正草案では武力攻撃などの緊急事態の発生後に国会の承認を経て発動できるとしています。

今回の改正法は、事態が発生する前の「おそれ」の段階から、国会による承認もなく指示権を発動できるとしています。自民党の憲法改正による緊急事態条項以上に巨大な権限を国に与えるものであり、立憲主義に反するものです。

災害対策を歪めるおそれ

指示権の拡大は、本来の災害対策を歪めるおそれがあります。

災害対策において、地方の実情を知らない国の一方的な指示が優先されることになれば現場には大きな混乱が生じるおそれがあります。災害対策で求められているのは上意下達の指示ではなく、地域の実情に通じた自治体の自主性の確保であり、それを支える人員確保や財源の保障です。こうした本来の役割を国が果たしていないことは、能登半島地震から半年以上が経過してもまともに復興が進んでいない現状が明らかにしています。

地方自治の発展こそが目指す道

この間、国は、地方交付金の削減等による財政の圧迫、国による定員管理等による人員削減や公務員の非正規化、業務の民営化や外部委託化を押し進め、これによって、地方自治体の機能を著しく弱体化させています。

能登半島地震が示すように、自助や共助を言い立てて、被災地の窮状を放置しているのは国です。保健所の削減など、新型コロナ感染症によって多くの尊い命が犠牲とならざるをえない政策を遂行してきたのも国です。

地球温暖化が進み、災害が多発するこの国において本当に必要とされているのは、災害に対応できる強い自治体をつくることです。住民のニーズを充たし、地域経済を支え、住民の意思を反映した質の高い公共サービスを提供できるような人員と財源の確保が必要です。住民に寄り添う地方自治体の発展こそが急務です。「指示権」の拡大はこれに逆行しています。

そして、「指示権」の拡大が押し進める「集権化」が自治体を組み込んだ戦争への道であることも明らかです。住民の平和な暮らしを守り抜くためにも国の言いなりにならない強い自治体、住民が主人公となる自治体をつくっていくことが大切です。

地方自治をないがしろにし、戦争のための「集権」と「動員」を押し進める「指示権」行使の仕組みは廃止しなければなりません。

山口 真美

新横田基地公害訴訟、過労死事件多数に関わる。共著に『新型コロナ最前線:自治体職員の証言2020ー2023』(大月書店)、『自治体職員の働く権利Q&A』(日本評論社)等。

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