【論文】<検証>2024年能登震災 第7回 令和6年能登半島地震から考える農村地域のインフラ自治の可能性

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はじめに

令和6年能登半島地震により、奥能登の輪島市、珠洲すず市、穴水町あなみずまち能登町のとちょう、そして中能登の七尾市、志賀町しかまちの6市町を中心に、人的被害や住居、ライフラインに多大な被害を受けました。石川県はライフライン被害状況について、電気、通信は3月中におおむね復旧、上水道は早期復旧が困難な地区を除いて、5月31日までに復旧(6月18日時点)と発表しました。しかし、早期復旧が困難な地区は、輪島市では約745戸、珠洲市では約1076戸と依然として多くの世帯で水が使えない不便を強いられています。また、道路の寸断により、移動や流通がストップし孤立地域が多数生まれたことも問題となりました。石川県に報告されただけでも、少なくとも奥能登2市2町で49カ所の地域と、当該地域3933名が孤立状態に置かれました。石川県や各自治体の首長は、生活インフラの復旧長期化の見通しや災害関連死の防止の理由から被災地外への一時的な避難施設への2次避難の呼びかけを行いました。この広域避難の規模の大きさが復旧・復興の進度に影響を与えています(『北日本新聞』6月23日)。国土交通省の上下水道地震対策検討委員会による中間とりまとめでは、「能登半島地震では『水』が使えることの重要性・公共性があらためて認識」されたと指摘しています。

一方で石川県が8月8日に発表した「石川県創造的復興プラン(以下、復興プラン)」では、能登半島地震の被災地で井戸水の利用や湧水の引き入れなど、「昔ながらの知恵や知識により、日常生活が維持」された地域があり、集落が小規模で多様な代替手段を持つことのレジリエンス(強靱性)の高さを評価しました。地域コミュニティ単位で自立・分散型の「点でまかなうインフラ」を整備するオフグリッド集落の形成を今後の方針としてあげています。オフグリッド集落とは電力や上下水道など既存のインフラ網から自立し、地域ごとに基本的な生活基盤を維持することを意味しています。「点でまかなうインフラ」について復興プランは、人、燃料、学校・コミュニティ(避難所)、生活用水 、再生可能エネルギー、デジタル技術(衛星通信等)、農業・林業・漁業、文化、自然などの組み合わせを掲げています(図1)。本稿では「点でまかなうインフラ」が機能した地域の事例からオフグリッド集落の意義と課題について考えたいと思います。

図1 石川県創造的復興プランにおけるオフグリッド集落イメージ図

出典:石川県創造的復興プランから

「点でまかなうインフラ」の事例

能登町宮地みやちみやち地区は、能登空港に近い山間部に位置する、人口減少と地域の高齢化が進む集落の一つです。2022年の国勢調査では宮地みやち地区は37世帯91人が登録されています。宮地みやち地区も地震による山林崩落や住宅損壊、道路、インフラ寸断などの震災被害を受け、一時的に孤立しましたが、地域の自主避難所の運営や、水道・電気を自給自足し、生活基盤を比較的早い段階で復旧させました。

たとえば、宮地みやち交流宿泊所「こぶし」は廃校になった小学校校舎を改修した宿泊拠点ですが、自主避難所として集落の拠点となりました。教室として利用していた2階部分を7畳10部屋のワンルームに改装してあり、トイレやシャワーが整備されています。ワンルーム型の客室は世帯単位で利用し、1階の共用スペースに単身者が宿泊することで、多い時には近隣集落の避難者を含めて50人が「こぶし」に身を寄せました。復旧作業関係者の宿泊拠点としても活用され、宿泊をともなうボランティアも受け入れることができました。施設の隣にはコインランドリーも設置されており、長期滞在も可能になっています。

宮地みやち交流宿泊所「こぶし」

「こぶし」には、地震直後から自宅などの建物内にいることを不安に感じた住民らが自動車でグラウンドに集まり、お互いの安否確認を行いました。また、河川に近い住居や一人では急な避難が難しい住民への声掛けなどを行い、災害直後から地域の自主避難所として拠点機能を果たすようになりました。その後、「こぶし」の食堂のプロパンガスを使い体験学習で栽培した米を炊いたり、各家庭の食糧を持ち寄ったりして食事し、夜はグラウンドに停めた自家用車で寝る生活を数日過ごしたそうです。また、夜が明けてからは、道路の土砂の撤去や水道の修繕などを行いました。

また、奥能登地域全域で上下水道の復旧作業の長期化が話題となる中で、宮地みやち地区では地域で自主管理する「宮地みやちの水道」が1月4日に復旧し、電気も翌日の5日に利用可能となりました。日本の水道普及率は2022年時点で98・3%と公営水道事業の普及率の高い国ですが、2%弱は、依然として井戸水や湧水などを利用しています。いわゆる「水道未普及区域」です。一般的に市街地から遠いことが多く、自前の施設や組織で水を供給する「超小規模水道」を運営してきました。宮地みやち地区はここに区分されます。現在も宮地みやち地区では4割程度の世帯が湧水を引き入れて利用しており、その他の世帯が「宮地みやちの水道」を利用しています。日頃から水道整備や補修維持も自主管理していたため、住民自らが破損箇所を修繕し水道を復旧させ地域内で入浴や洗濯、トイレも利用可能になりました。

「超小規模水道」は、水道法の対象事業になっておらず、保守や維持管理もすべて地域の住民で行っています。宮地みやち地区の水道は約58年前に地域内の利用者が出資し、高台の水源から自然流水で住宅に配水する水道を整備しました。年間会費と年に一度利用者が行う整備点検をルールに水道を利用者が自主管理してきました。一時期、自治体の公営水道事業への統合も検討したそうですが、費用負担などの理由から「宮地みやちの水道」が維持されました。公営水道事業を利用する場合は、自治体が設定する水道利用料の負担が必要になり水道料金が上がることや上水道敷設がコスト高となること、他方で、湧水など身近な水資源に恵まれていることなどもあり、地域の水道を自主管理することで地域住民の合意はとれています。一方で、地域の高齢化に伴い水源や水道配管の自主的な保守管理が負担困難になるなども課題になります。大雨時の水の濁りや野生動物による水質汚染リスクといった水質や水源環境の維持管理といった問題も抱えています。

山林の奥地にある水源

宮地みやち地区の電気の復旧は奥能登地域全般と同様に、比較的早くに行われました。農業用の小型発電機を持っている世帯もあり、ガソリンを使った発電が行われた事例もありました。加えて、宮地みやち地区は石川県のカーボンニュートラル事業の「ゼロカーボンビレッジ実証システム」事業の採択をうけており、水素発電と太陽光発電の設備を「こぶし」に設置しています。これはEV自動車の充電と、宿泊施設等で必要となる電気を自給することを目的に、2023(令和5)年に始まった事業です。震災発生時には水素からの電気返還はまだ稼働しておらず、発電機を用いてポンプを動かしました。今後は補助設備として小型発電機を設置することで、分散型の多様な予備電源を持てるようにすることを計画しています。

宮地みやち地区のオフグリッドが機能した要因として、多様な選択肢を持っていたことが指摘できます。水供給は、小規模な湧水、地域の水道、井戸水で、エネルギー供給はプロパンガス、ガソリン、太陽光、水素などのエネルギーを組み合わせていました。小さな地区内に複数の選択肢を持ち得た背景に、宮地みやち地区の地域づくり活動の歴史があります。宮地みやち地区は1997年から地域の有志を中心にグリーンツーリズムの取り組みを始めました。農村地域の体験型観光が行える民宿のネットワークづくりを行い、コロナ前は国内外から1万人以上が訪れ、に登録している農家民宿も50件を超えるまでになっていました。また、農産物の加工・販売を行う農業組合法人を設立し、能登町の見守り事業の委託を受けて配食サービスを行い厨房も管理していました。これらの事業過程で、宿泊拠点「こぶし」や排水施設整備、グリーンツーリズムのためのカーボンニュートラル事業などを行ってきました。国や県の事業を利用しながら、地域内に複数のインフラを設置しています。集落のオフグリッド化において、単なる自給自足よりも超小規模な資源のパッチワーク型の組み合わせが、不測の事態への備えとなることが、宮地みやち地区の事例から分かるのではないでしょうか。

*春蘭の里:地域の有志で結成された「春蘭の里実行委員会」が中心となってグリーンツーリズムを推進し、小学校の修学旅行の受け入れや、農家民宿での農村生活体験プランを提供している。

おわりに

復興プランにおいて、オフグリッド集落の実現には「初期投資の問題や技術的ハードル、地域での維持管理」といった克服すべき課題が指摘されています。「地域での維持管理」は高齢化が進む地域社会の中で重要な論点になると考えられます。宮地みやち地区の水道は、60年近くにわたる管理の歴史があり、その間、水道の敷設から給水パイプの交換や貯水タンクの増設、補修など試行錯誤が繰り返されています。安全な水を確保するため、地域の水源は山深く、簡単に人が入れない場所に置かれています。水の安全は必要であり、「宮地みやちの水道」の管理には大変な苦労と危険を伴います。繁茂した草に覆われた山道を切り分けて進み、パイプの補修には重いパイプを運んで沢で作業を行う必要があります。水源の自主管理は利用者同士の対話を積み重ねて現在まで維持されており、今後も引き続き対話と地域の決断が必要と考えます。

また、宮地みやち地区の事例は、さまざまな国の事業や行政のプロジェクトを活用し、実験的な取り組みも取り入れながら、仕組みづくりをしているものでした。エネルギーの自給自足は集落単位だけで完結し得るものではなく、維持のためには地域外との対話も続けていく必要があると考えます。復興プランの実行スケジュールには中期以降「集落単位での取り組みを後押し」と書かれていますが、自治のためには集落内だけではなく、国や自治体の公衆衛生との調整や「水は人権」という国際的な取り組みとの連携や調整が必要になるのではないかと考えます(表1)。松本(2022)は、「自治」は「どろくさく、面倒で、ややこしい」ものであり、「上から」の管理の要求にたいして、対話を続けることが「自治」の条件であるとも述べています。

表1 復興プラン「小施策3:集落単位での強靭化の促進」における実行スケジュール

出典 石川県創造的復興プラン施策編から

オフグリッド化の推進は復興プランにおける施策として、「持続可能な上下水道インフラの構築」とともに掲げられています。これは、各市町のまちづくり計画の把握が第一のステップとなっており、「今後の人口減少を見据え」と書いている点で、規模の縮小や財政優先の計画になる可能性が懸念されます。オフグリッド集落の議論がインフラ管理の自己責任論に陥らないように注意し、地域の生活安全のために多様なインフラ整備が地域のアイデア主導で進むように関心を持ち続けたいと考えています。

【参考文献】

神﨑 淳子

経済学博士。地域レベルの労働市場政策について、雇用創出、就労支援、マッチングの3つの側面から検討している。国家資格キャリアコンサルタント。

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