【論文】ZOOMIN 2024年東京都知事選挙の分析ー「石丸現象」をどのように読み解くか

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はじめに

2024年7月7日投開票で行われた東京都知事選挙は、蓮舫元参議院議員、石丸伸二元安芸高田市長らを破り、現職の小池百合子知事が三選を果たす結果となりました(以下、敬称略)。今回の都知事選挙でとりわけ注目を集めたのが165万8363票を集め、二位に食い込んだ石丸でした。当初は小池と蓮舫との一騎打ちになるとの予測が行われていましたが、ふたを開けてみれば、「蓮舫氏、石丸氏にも及ばず」(『朝日新聞』2024年7月9日付)、「蓮舫氏 失速3位」(『毎日新聞』同)など、大方の予測を覆し、有力候補と目された蓮舫ではなく、石丸が台風の目となる結果となりました。そして石丸についてはマスメディアをはじめ、さまざまな論者がその「躍進」の要因について論じ、「石丸現象」という言葉が繰り返し報じられ定着した感があります。

本稿では、小池が初当選した2016年の都知事選から今回までの過去3回の選挙を振り返り、今回の都知事選挙にはどのような特徴があったのかを検討してみます。特に石丸の「躍進」をどのように捉えるのかに注目してみたいと思います。

1.今回の都知事選における
小池・蓮舫・石丸の得票分析

まずそれぞれの候補の得票を確認しておきます。最初に3選を果たした小池ですが、得票率(相対得票率)は44・49%(2016年)→59・70%(2020年)→42・77%(今回)と推移しています。絶対得票率で見ても傾向は同じで、26・28%→32・43%→25・71%と推移しています。2020年の都知事選はコロナ禍というやや特異な状況下で行われたこともあり、小池の得票率が上昇しましたが、2016年と今回とを比較すると、相対得票率で1・72ポイント、絶対得票率では0・57ポイントの減で、ほぼ横ばいとみてよいでしょう。小池に票を投じたのは都内有権者のおおよそ4分の1ということになります。

次に蓮舫ですが、蓮舫は今回の都知事選にしか立候補していないので、立憲民主党や共産党、社民党などの革新系野党の過去の候補と得票率を比較してみます。2016年は鳥越俊太郎で20・56%、2020年は宇都宮健児(13・76%)と山本太郎(10・72%)で合わせて24・48%、そして今回の蓮舫は18・81%という結果でした。絶対得票率ではそれぞれ12・15%→13・30%→11・31%というように推移しています。2016年と今回の革新系野党の得票率を比べると、相対得票率では1・75ポイント、絶対得票率では0・84ポイント減となります。過去3回の都知事選で革新系野党候補に投票したのは、平均して都内有権者の約12%程度です。過去の候補の得票率と比べて、今回、蓮舫の得票率が大幅に低下したのであれば別ですが、結果は微減にとどまっています。したがって蓮舫の得票結果を「惨敗」「2位にもなれなかった」と評価するのは少々厳しいような気がします。また立憲と共産の連携によって「票が逃げた」という評価がありますが、得票率の推移を見る限り、そうした傾向は有意には認められません。

そして石丸です。同氏を誰と比較するのかはなかなか難しいところですが、強いて挙げれば2020年の選挙で日本維新の会の推薦を受けて立候補した小野泰輔現参議院議員(元熊本県副知事)が適当ではないかと思われます。2016年は野党系の有力候補が革新系の鳥越しか出馬していないため、比較対象となる適当な人物がいません。なぜ小野と比較するのかというと、その理由は第1に、公約の類似性です。石丸は政党の推薦や支持を受けず、完全無党派で出馬していますが、彼の公約を見れば、維新の会の政策との類似性は明らかです。全てを挙げることはできませんが、今回の都知事選における石丸の公約には「利権政治からの脱却、バラマキ廃止」「自助・共助・公助の役割分担の明確化」「民間サービス導入による学校教育の充実」などが掲げられており、維新の会の政策と共通するものが少なくありません。また彼が選挙後に出版した『シン・日本列島改造論』では、大阪都構想や道州制について「人口が減少していく日本においては、選択肢の一つとして真剣に検討する価値がある」と述べており、彼の考え方と維新の会の政策には親和性があります。第2は石丸と小野の経歴の類似性です。周知の通り、石丸は広島県安芸高田市長を務めましたが、小野も蒲島郁夫熊本県知事の下、副知事を2期8年にわたって務めました。つまり、両者とも地方自治体における執行部経験者です。要するに石丸と小野は維新系の政治家、地方政治家出身という共通項で括ることができるということです。第3は維新支持層が石丸に投票した割合が最も高いことです。朝日新聞の出口調査では、維新支持層が石丸に投じた割合が41%と最も高く、これは他の政党支持層よりも突出して高い割合となっています(朝日新聞、2024年7月8日付)。したがって石丸は大まかには維新系候補、改革派、新自由主義派ということができます

その石丸の得票率ですが、2020年の小野の得票率9・99%から14・32ポイント増の24・30%となりました。絶対得票率でも5・43%→14・61%と9・18ポイント増です。小池の微減ないし横ばい、蓮舫の微減と比べると、石丸の得票率増は顕著であり、これだけを見れば「石丸現象」と呼ぶにふさわしい「大躍進」であることは間違いありません。

図 都知事選における主要候補の絶対得票率の推移(筆者作成)

2.なぜ石丸は「躍進」したか

ではなぜ石丸は「石丸現象」と呼ばれるほどに「躍進」したのでしょうか。次にこの点を検討してみたいと思います。重要な論点として以下の4点を指摘しておきます。

第1は、石丸が新たに票を掘り起こしたわけではないということです。先ほど述べたように、2020年の都知事選で小野が獲得した9・99%(絶対得票率では5・43%)に比べ、今回、石丸は24・30%(絶対得票率では14・61%)と大幅に増やしています。今回、投票率は60・62%で、2020年の55・00%に比べると5・62ポイント増でしたが、2016年は59・73%でしたので、2020年はコロナ禍で一時的に下がっただけで、2016年と比べるとほぼ横ばいです。したがって「石丸現象」が投票率を引き上げ、新たに投票者を掘り起こしたということにはなりません。さらに過去3回の都知事選においては、得票数上位候補の合計得票率にはそれほど大きな変動はありません。2016年の小池、増田寛也、鳥越の合計得票率は92・45%(絶対得票率では54・61%)、2020年の小池、小野、宇都宮、山本の合計得票率は94・17%(絶対得票率では51・15%)、そして今回の小池、石丸、蓮舫、田母神俊雄の合計得票率は89・80%(絶対得票率では53・99%)でしたから、投票者の9割、有権者の5割程度は得票数上位の候補に常に票を投じているのです(前ページ図)。もし「石丸現象」が新たな投票者を掘り起こしたとすれば、上位候補の絶対得票率の合計値が増えているはずですが、そうした傾向は見られません。したがって石丸の「躍進」は得票上位候補者間の票の変動によるものだと考えるのが自然です。先ほども見たように、今回、小池は2020年に比べて絶対得票率で6・72ポイント減、蓮舫は2020年の宇都宮、山本の合計絶対得票率に比べて1・99ポイント減、両者合わせて8・71ポイント減になります。一方、石丸は2020年の小野の絶対得票率に比べて9・18ポイント増です。つまり、小池と革新系野党候補の得票減分が石丸の得票増につながったと考えられます。

第2は、若年層の支持が石丸の「躍進」につながったという言説が過大評価であることです。出口調査の結果を見ると、確かに石丸は、小池や蓮舫に比べて30代以下の若年層の支持が高かったといえます。しかし年代別の石丸支持層で最も厚いのは40代、50代です。両者で40%を占めており、小池の37%、蓮舫の37%よりも支持が高くなっています。つまり年代別で見た時の石丸支持のボリュームゾーンは40代、50代の現役世代にあるということです。さらに年代別の投票率を踏まえればなおさらそういえます。今回の都知事選における年代別の投票率は本稿執筆時点(2024年8月現在)で発表されていないので、今回の投票率と近い値だった2016年都知事選における年代別投票率から推計すると、30代以下の投票率は、40代、50代の投票率に比べて10ポイント以上低くなります。現在の都内有権者数からすると、投票率1ポイントはおおよそ11万票くらいに相当しますので、30代以下と40代、50代では投票数で100万票以上の差があることになります。今回の投票率が2016年と比べてほぼ横ばいであったことを踏まえると、若年層の投票率が劇的に上昇したとは考えにくく、石丸「躍進」の要因の一つに若年層の支持があったとするのはやや過大評価ではないでしょうか。先ほども述べたように、石丸と維新の政策、新自由主義的政策との親和性を踏まえるならば、40代、50代の現役世代層、中間層以上の階層が彼の支持の中核であったと考えられます。

第3は、第2の論点とも関わりますが、ネットによる支持の拡大が奏功したと言い切れるのかどうかです。今回の選挙において、石丸がネット戦略を駆使して支持拡大を図ったことはよく知られています。若年層にはネット、特にSNSやYouTubeを介して支持が広がったことは間違いないのでしょう。しかし、石丸の得票率を都内区市町村別に見ると、23区の得票率平均15・14%と島嶼部を除く市町村平均12・95%とではやや開きがあるように見えます(いずれも絶対得票率)。もしネット戦略が奏功したのであれば、ネットメディアの特性から考えて、地域性は顕著に現れないはずですが、実際には23区と多摩地域には得票率の差が出ています。つまりネットによる支持拡大は限定的だったのではないかということです。この点、石丸の選対事務局長を務めた藤川晋之助の指摘は興味深いです。例えば石丸選対はかなりボランティアに支えられていたことを明らかにしていますし、街頭演説を重視した選挙戦略を立てていたとも指摘しています。曰く「あと一週間あったら、あと50万票増えていたかもしれない。結果を見ると、八王子や町田など、大きな駅前で演説をやれた地域は、ほぼすべて蓮舫さんに勝っているんです。逆に多摩地区など駅に行けなかったところは負けている。やはり駅前に300人でも500人でも集まれば、『すごかったよ』とか『知らなかった人だけど安芸高田市の市長だった人ね』と噂になって、これが広がるだけ票が増える」と。つまり案外、街頭演説やボランティアによる選挙展開といった地道な活動によって支持を広げていたということです。

第4は、維新の会や新自由主義改革を明確に支持する層だけではなく、現代の社会において抑圧されている層、例えば中高年の非正規雇用層や未婚の男性なども一定の割合で石丸支持層には存在するのではないかという点です。アメリカで言えば、ラストベルト地帯におけるトランプ支持層のような階層が東京にもかなり存在しており、石丸はそのような人たちの受け皿にもなっていたのではないかということです。なぜこのようなことを指摘するのかというと、石丸に投票した人を男女別で見ると、他の候補と違って異様なほどに男性が多いからです(男性64:女性36『朝日新聞』2024年7月9日付の出口調査)。ただし現段階でこの点を選挙データなどから実証するのは極めて困難です。今後、社会学的な分析も含めた詳細な検証が必要でしょう。ヒントになりそうな見解としては、例えば藤田直哉氏の分析があります。彼は『現代ネット政治=文化論』において「ネットでの弱者男性論や、アメリカの状況を見ていると、これと似た状況にいる者は膨大な数に上ると思われる。非正規率、未婚率、性交経験率、ひきこもりの数の推定などから鑑みて、数十万から数百万人の単位で、日本にいてもおかしくはない」と指摘しています。いずれにせよ、既得権益批判を掲げる石丸が、そうした抑圧された階層の受け皿にも一定程度なり得たという点だけ指摘しておくにとどめます。

おわりに

本稿で検討してきたように、「石丸現象」は今回の都知事選挙で突如として現れたわけではなく、過去の都知事選を冷静に振り返れば、ある程度説明のつく現象です。本稿で過去の都知事選との比較を重視したのはそのためです。また石丸にはほとんど政策らしい政策がなかったという評価も再検討が必要でしょう。彼の公約は確かに非常に簡素で、率直に言えば「いい加減」な代物です。また先ほど触れた藤川も街頭演説で政策を訴えることは重視しなかったと振り返っています。ではなぜ有権者は彼に票を投じたのでしょうか。詳細な政策にまとめられたわけではないにしろ、石丸は「既得権益批判」「老害批判」など、既存の政治的な枠組みに批判的な有権者の心を捉えました。つまり明確なメッセージを彼は発していたから票を伸ばしたのです。ただし「既得権益批判」を支持しているのは新自由主義的な心性を持った有権者ばかりではありません。社会から抑圧され、自己責任の内面化を強いられ、厳しい生活を送る有権者も東京には膨大に存在し、そうした有権者の多くも今回、石丸に票を投じたと思われます。しかし本来であれば、そうした層こそ政策によって支援されなければならないはずです。蓮舫が伸び悩んだのは、そうした有権者の取り込みが不十分であったことに要因があると考えられます。今後の都知事選ではそうした有権者層をどのように獲得するのかが重要なポイントになると思います。

【注】

川上 哲

1977年東京都生まれ。一橋大学大学院社会学研究科修了。専門は行政学、政治史、地方自治。

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