【論文】沖縄県が目指す地域外交の意義とその展望

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今日、沖縄県の地域外交が注目されています。「地域外交」という言葉は従来、「アジア地域」や「中東地域」といった「地域」に対して国家が行う外交、という意味で用いられていました。これが地方自治体による国際活動を意味するようになったのは、新聞社のデータベースによると2011年度に静岡県が「地域外交局」を設置し、2012年度に「地域外交基本方針」を策定した(『静岡新聞』2022年4月19日)ことがきっかけのようです。

「地域外交」という言葉がその意味で用いられる以前は「自治体外交」と呼ばれてきました。新聞では1977年の時点で「自治体外交」という文言が登場しています(『読売新聞』1977年6月9日)。すなわち地方自治体による国際活動は1970年代から認知されていたと言えます。

沖縄県も例外ではありません。1972年の日本復帰により米国統治から解放された沖縄県は、独自の自治体外交を展開することが可能になりました。以後、歴代の知事は基地問題に関する訪米要請活動、中国・台湾などとの経済関係の促進、ハワイや南米などのウチナーンチュ(沖縄人)ネットワークの強化、国連人権理事会での基地問題の解決を訴えるスピーチなどを実施してきました。

沖縄県がめざす地域外交

このように沖縄県の地域外交は従来から実施されてきました。近年、この地域外交が注目を集めるようになったきっかけは、台湾有事をめぐり東アジア国際関係における緊張が高まったためです。玉城デニー県政は軍事力ではなく、対話を主軸とする平和外交による東アジア秩序の維持を訴えてきました。そして2023年、玉城県政は地域外交室を設置し「地域外交基本方針」の策定に着手しました。「地域外交」を冠する部局の設置は静岡県、群馬県に続いて3例目となります。これは自らがプレイヤーとなって、東アジアの平和構築に貢献しようというものです。沖縄県の自治体外交の歴史という観点から見た場合、これまで歴代知事の個性やコネクションに依存していた自治体外交を行政組織として体系化するという意味で画期的と言えます。

そこで沖縄県は2023年9~12月にかけて「地域外交に関する」(有識者会議)を開催し、「地域外交基本方針」策定に向けた「提言書」をまとめるための議論を行いました。メンバーは筆者のほか、大学教員、元県庁幹部、元外務省職員、日本貿易振興機構(JETRO)や国際協力機構(JICA)の沖縄事務所所長、国際機関やNGOの職員などが参加しました。この提言をもとに県は「地域外交基本方針」を策定し、今年4月からは「平和・地域外交推進課」を設置しました。

万国津梁ばんこくしんりょう会議:万国津梁は、琉球王国が南の海にあり、船を万国の架け橋にして貿易によって栄える国であるという意味。沖縄県は知事が示すテーマに基づき、有識者で構成する万国津梁会議を設置している。

以下、本稿では本提言書ならびに基本方針の要点をまとめながら、沖縄県が目指す地域外交についてその意義と展望を考えてみたいと思います。

自治体独自の外交の意義

提言書ではまず地方自治体が地域外交を行う意義として、国家による外交のみでは地方の利益が損なわれることや、日本の魅力を海外に発信するためには国家のみの取り組みでは限界があることを指摘しています。その上で、地域外交の定義をめぐっては「自治体、企業、NGO・NPO、市民など様々な主体が国境を越えて多様な分野において国際交流、国際協力などの活動を展開し、国の外交と連携して、あるいは国の外交から漏れたものを担い、もって地域住民のウェルフェア(幸福/繁栄)を高めるもの」であり、「地域外交とはいえ『外交』の一環として行われることによるリスクや責任が伴うことから、『地域外交』の主体は、自治体に特定されるべき」などといった論点が整理されています。ここからは地域の多様なアクターによる国際的な活動によって地域のベネフィット(利益)の拡大を目指すのが地域外交であること、しかしその一義的な責任は地方自治体が負うべきであることがわかります。

そして地域外交の意義は「地方自治体の行う地域外交は、国家間外交では担うことのできない、独自の役割を地方自治体の主体性に基づいて行うものである。また、軍事力(防衛力)を有しない地方自治体の地域外交について、その手法は平和的なものとなる。このため、国際協調・国際規範を謳い、全方位外交を志向していくことができる」としています。ここからは地域外交は国家外交とは異なる独自の外交活動であること、そして当然ながら非軍事分野に特化したものであることもわかります。

そして提言書では沖縄県の地域外交における優位性として、①地理的優位性とアジアの発展可能性、②沖縄の精神文化とソフトパワー、③島しょ地域としての独自の知恵、④ならびに多分野における国際的な人的ネットワーク、を指摘しています。①は経済発展著しいアジア諸国と隣接していること、②は沖縄のユイマール(相互扶助)はインクルーシブネス(包摂性)という考え方と重なり合うなど、沖縄の思想は国際社会が目指している価値観と親和性が高いこと、③は島しょ地域に対する国際協力のための技術や知見が沖縄にはあること、④は北米・南米を中心に広がる42万人の県系人とつながっていることが想定されています。

これらの強みを生かし、沖縄の地域外交は平和交流、経済交流、文化交流の分野において沖縄が各国・地域の交流の場として機能することを目指し、国際交流と平和創造の拠点となり、沖縄県の振興・発展と県民のウェルフェアの向上を実現し、あわせて我が国へ貢献し、アジア・太平洋地域の安定と国際社会の課題の解決に寄与していくことを目指す必要性が謳われています。その上で、戦略としての具体的なプロジェクトが提案されているほか、地域外交を推進するための人材育成や米国、中国、台湾、韓国などに有する沖縄県の海外事務所の機能強化なども求めています。

*県系人:沖縄出身者やその子孫のこと。

理念と戦略

この提言書を受けて策定された「地域外交基本方針」では、提言書が示した主要なコンセプトはそのまま反映されています。基本方針は「新時代を切り拓き、世界の平和構築や相互発展、国際的課題に貢献する『21世紀の万国津梁』を実現する」を沖縄県の地域外交の理念としました。そして地域外交の目標を①アジア・太平洋地域の平和構築に貢献する国際平和創造拠点、②多様な国際ネットワークが結びつくグローバルビジネス共創拠点、③世界の島しょ地域等とともに持続的に発展する国際協力・貢献拠点とし、この三つの拠点の連携によって、理念の実現を目指すものと整理されました(図1)。

図1 地域外交の理念、3つの目指す姿と分野連携の考え方

出典:沖縄県地域外交基本方針

具体的な戦略として、国際平和創造拠点としては、平和祈念資料館など平和行政による「沖縄のこころ」の海外への発信、広島・長崎や韓国済州チェジュなど国内外の自治体や平和団体との連携、「国際平和研究機構」の設置、国際会議の開催、国際機関の誘致、米軍が駐留する海外の地方自治体との連携、首脳会議の開催、などがあります。

グローバルビジネス共創拠点としては、太平洋・島サミットなど沖縄開催の意義を示すことができる分野のやスポーツコンベンション等の積極的な誘致、国際的な商談会や見本市、海外企業のビジネスマッチング、海外との新たなMO(連携覚書)締結などが示されています。

*MICE(マイス):Meeting, Incentive tour, Convention/ Conference, Exhibitionの頭文字をとった造語。会議や研修旅行、国際会議、展示会など。

国際協力・貢献拠点としては、JICA沖縄と連携しての研修員受入や国際協力員派遣等へのより一層の参画、カンボジア地雷対策センターとの連携・協力を好例とする沖縄が有する平和発信のノウハウによる貢献、などがあげられています。

交流と対話による平和外交

地域外交は国家外交とは異なり、軍事力を背景とするパワーポリティックスを用いることはできません。その代わりに、平和構築や信頼醸成といった言説を用いながら交流を深めることにより、国際的な規範の形成を目指すことになります。筆者が沖縄県の地域外交に期待するのは、東アジアの軍事的緊張を緩和させ、各国が軍拡競争に陥らず、軍備管理そして軍縮へ向けた国際規範の形成を各国の地方政府や市民社会と共同で目指すことです。

しかし、地域外交自体に対する批判や、その実効性について懐疑的な見解も出てくると思われます。その対応としては、歴史的、客観的事実に基づきながらこれまでの沖縄県の自治体外交の歩みを示し、今後の地域外交が目指す方針を明確にしつつ、その可能性と限界の両方を示すことが重要だと考えます。

提言書および基本方針では沖縄県の目指すべき地域外交のビジョンとそのための具体的戦略があり、そのアイデアは全てが非常に魅力的です。これら数々のアイデアを実現し国際社会における沖縄のプレゼンス(存在感)を高めることを通して、東アジアの安定と繁栄に貢献することが期待されます。

小松 寛

1981年生、沖縄県出身。早稲田大学社会科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。沖縄県地域外交に関する万国津梁会議委員(2023~2024年)。共著に『戦後沖縄の政治と社会:「保守」と「革新」の歴史的位相』(2022年、吉田書店)、『沖縄が問う日本の安全保障』(2015年、岩波書店)など。

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