【論文】「南西シフト」による軍事基地配備と与那国島のいま

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軍事費倍増は地域に何をもたらしているか

かつてよく言われていた「大砲か、バターか」、つまり、軍事をとるか、社会保障をとるのか、という選択がいま、リアルなものとして私たちに迫られています。2013年度の安倍政権発足時には4・75兆円だった軍事費は過去最高額を更新し続け、2022年には5・4兆円に達しました(いずれも当初予算)。岸田政権は2027年度までに軍事費をGDP比2%以上に増やすと表明し、軍事費倍増を目標に設定しました。2024年度には補正予算を含めると、最終的に8兆円を超えることは確実です。2025年度予算概算要求額は約8・5兆円まで積み増しされるなど、着実に進行する軍事費倍増は、増税や社会保障の削減など、私たちの生活を脅かすことになります。

軍事費倍増によってすでに住民生活に深刻な影響が及びつつあるのが、九州から沖縄にかけての南西諸島です。「中国の海洋進出や台湾有事への懸念」を口実として、南西諸島に次々と軍事基地を配備する「南西シフト」が進行しているのです。2016年に新たに自衛隊基地が開設された日本最西端の沖縄県与那国よなぐに島では、島の風景が大きく変わりつつあります(写真1)。

本誌では今号から、与那国島に住む植埜うえの貴子さんによる島の生活や風景を描く連載が、始まりました。筆者も与那国島にここ2年で4~5回足を運んでいます。与那国島の現状から、軍事費倍増が地域に何をもたらしているのか、そしてそのことが私たちに何を問うているのか、考えてみたいと思います。

写真1

与那国島に新設された軍事レーダー施設(筆者撮影)

「南海の防壁・與那國島」

島の中心地・祖納そない地区を一望できるティンダバナ(国指定の名勝)に古い詩碑が掲げられています(写真2)。私は何気なく撮影したのですが、あとから本田博利ひろかず先生(元愛媛大学法文学部教授・行政法)にご教示いただき、その内容に驚きました。伊波いば南哲なんてつ(作家・詩人)の詩碑「讃・與那國島よなぐにじま」には、次のように刻まれています。

荒潮の息吹に濡れて/千古の伝説をはらみ/美と力を兼ね備へた/南海の防壁與那國島。/…巍然ぎぜんとそそり立つ與那國島よ。/おゝ汝は/黙々として/皇國南海の鎮護に挺身する/沈まざる二十五万とんの航空母艦だ。

この詩碑の最後には、「紀元二千六百三年三月」との記載があります。これはいわゆる「皇紀」のことで、具体的には1943年を指します。与那国島を「不沈空母」とたたえるこの戦前の詩碑は、沿岸監視隊の配備から始まり、電子戦部隊、地対空ミサイル部隊の配備までが計画されている与那国のいまを描いているかのようです。

写真2

ティンダバナにある伊波南哲「讃・與那國島」の詩碑(筆者撮影)

与那国島における軍事基地配備とその経緯

自衛隊の誘致が持ち上がった際、その賛否をめぐって島が大きく分断されました。自衛隊員の移住による人口減少への歯止めや「経済効果」の論理が説得力を持つ中で、住民投票を経て、基地建設が進んでいくことになります。急ピッチで進められた駐屯地整備事業のため、空き家を建設労働者向けの滞在スペースとして大規模に借り上げ・整備するなど、一時的に「特需」に沸いたといいます。しかしあくまでも一時的なものでした。また、自衛隊員駐在による住民税の増収などがあっても、下水道をはじめとした社会インフラの新規整備も必要なため、経済効果や税収効果が大きいと単純にはいえないといいます。

2016年に陸上自衛隊基地が開設された後も、「軍事要塞化」の動きはますます加速しています。2022年に日米軍事合同演習が実施され、2023年6月の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の一時配備、さらに今年7月には、民間の与那国空港を使用した大規模な兵員輸送をともなう日米軍事合同演習が実施されました。また、沖縄県内でも最大級の貴重な樽舞たるまい湿地を破壊する、「特定重要拠点」としての港湾の新規整備がもくろまれています。

本号から始まった植埜さんの連載でも描かれているように、「島の暮らしを維持するために受け入れた自衛隊配備だったはず」のものが、大きく変容し、島民の不安が高まっているのです。

軍事基地開設引き換えの社会資本整備でよいのか

与那国町ごみ処理施設の完成セレモニーでは、真ん中に与那国町長、その両脇には町議会議長と沖縄防衛局長が立ってテープカットしました。通常、ごみ処理施設整備の管轄は厚労省ですが、与那国町のごみ処理施設の建設事業費には、防衛施設周辺施設整備助成事業という防衛省補助金21億円を用いたために、防衛局長がテープカットしているのです。また、自衛隊基地の土地使用料収入年間1500万円を活用して、町の給食費無償化が実施されています。

このように防衛省関連の収入や補助金によって島の社会インフラや公共サービスが充実していくことは、島民にとっては、あたかも軍事基地開設の「恩恵」であるかのように映っても不思議はありません。

しかし本来、離島の教育や医療、衛生といった社会サービスの水準は、いわばナショナルミニマムとして、基地の存在とは無関係に保障されるべきものです。

久場くば政彦は、離島の社会サービスの水準の意味について次のように述べています。

「離島問題は…国の福祉水準を示すうえにおいてもっとも重要な要素の一つである…。…なぜなら、国の福祉水準とは全国の平均によって示されるのではなく、…離島・へき地など限界地域のレベルが…憲法の保障する「健康で文化的な生活」を営むに足るものになっているかどうかによって明らかにすべきものだからである。…したがって、離島・へき地の福祉水準を引き上げることが、…わが国の福祉国家としての実質を高め、かつその前進を示すことになるのである。」(傍線は筆者)

「離島の福祉水準の引き上げ」が、「軍事要塞化」と引き換えになっている現状は、日本の「福祉国家としての実質」が空洞化しつつあることを、私たちに対し鋭く問うものです。

「生活」と「生産」から考えるオルタナティブ

軍事費倍増と「南西シフト」は与那国島民の分断を招いただけではなく、樽舞湿地の破壊など、島民生活を脅かすものとなっています。では、軍事基地に代わる選択肢(オルタナティブ)はどこにあるのでしょうか。私はそのキーワードは「生活」と「生産」にあると思います。

沖縄県伊江島で米軍に対する非暴力抵抗運動に取り組んだごんしょうこうの著書には、「そこ〔反基地闘争〕には、『たたかいとたたかい』ではなく、『生活とたたかい』があり『生産とたたかい』があった」(〔〕の補足は筆者)と記されています。

沖縄本島・うるま市での自衛隊演習場建設計画を断念させたのは、「静かな生活環境」を破壊されることに対して住民が一丸となったことでした。与那国島でも、樽舞湿地を破壊する「特定重要拠点」としての港湾整備について、生活への影響の懸念から、地元の比川自治公民館の臨時総会が全会一致で町に説明を求める決議を上げています。

こうした「生活」の論理とともに、「生産」という視点も大切です。与那国島では、クバの葉を使った伝統的な民具を製作するなど、島の伝統・文化にこだわる地元の若者たちが増えつつあります。またこうした動きに惹かれ、全国から若い芸術家たちが定住するといった流れも起きています。また、軍事基地拡張によって活況を呈する土建業ではなく、畜産といった第一次産業にこだわって苦しくとも踏ん張る若者もいます。

「生活」と「生産」という視点から、軍事基地との共存とは違う島の未来を模索する動きは、与那国にも着実に芽吹きつつあるのです。こうした芽吹きを後押しする地方財政・自治体政策が求められています。

私たちはどう向き合うか

日本の最西端・与那国島で進む軍事基地配備と強化は、私たちに何を問うているのでしょうか。

社会資本整備や公共サービスの拡充が「軍事要塞化」と引き換えになっている与那国島の現状は、地方自治の経済的基盤であるべき地方財政制度が非民主主義的に運用され、機能不全を起こしていることを意味します。つまり、財政民主主義が機能していないことを、日本の主権者全体に問うているといってよいでしょう。

日本国憲法の真価ともいうべき「平和主義」と「地方自治」を希求して、米軍統治からようやく日本復帰を果たしたのが沖縄県でした。にもかかわらず、この二つが国内で最も踏みにじられ続けているのもまた、沖縄県であり、「南西シフト」が進行する与那国島なのです。こうした事態に対して私たち日本の主権者全体がどう向き合うべきか、問われているのです。

【注】

  • 1 日本国内に住むものならば誰もが保障されるべき最低限の福祉水準。
  • 2 久場政彦(1979)「離島振興政策の検討」宮本憲一編『開発と自治の展望・沖縄』筑摩書房、195ページ。
  • 3 ごんしょうこう(1973)『米軍と農民』岩波新書、225ページ。
関 耕平

1978年秋田県生まれ。博士(経済学)(一橋大学)。日本地方財政学会理事。財政学・地方財政論担当。主著は、『三江線の過去・現在・未来』今井出版、2017年4月(共著)、『地域から考える環境と経済』有斐閣、2019年3月刊行予定、(共著)など。

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