【論文】桐生市生活保護違法事件全国調査団による調査・分析から見えてきた実態

この問題・論文に関する
ご感想・ご意見を是非お聞かせください(論文の最後に入力フォームがございます


桐生市問題の発覚と桐生調査団の発足

(1)桐生市問題の発覚

2023年11月、群馬県桐生きりゅう市で生活保護を開始した50歳代男性に対し、市側は毎日ハローワークへ通うことと引き換えに1日1000円ずつ保護費を支給していたことが、群馬司法書士会によって告発されました。男性に本来支給される生活扶助費は月額約7万円でしたが、1日1000円ずつで実際に手渡されたのは月3万円程度、残額はすべて桐生市が保管していました。

そのほかにも金銭管理の一環と称して被保護者に家計簿作成を指示し、家計簿提出と引き換えに1週間分の保護費を渡すなどの取り扱いを一部の世帯に行っていました(先の例と同様に1カ月分満額を支給せず)。求職活動や家計簿管理を必須条件のようにして被保護者を管理し、保護費を分割して満額支給しないという桐生市の仕組みは受給者管理の違法運用であるとして新聞各紙で大きく注目されました

この桐生市問題の発覚に尽力されたのが故仲道宗弘なかみちむねひろ氏でした(群馬司法書士会副会長/反貧困ネットワークぐんま代表。2024年3月20日に逝去)。仲道氏をはじめ反貧困ネットワークぐんまは桐生市の違法・不適切な窓口運用の告発に大きな役割を果たしました。

(2)桐生調査団の発足

桐生市の違法・不適切な運用に関する報道が相次ぐなかで、地域の支援者、全国の弁護士、研究者や支援団体関係者らによって構成される「桐生市生活保護違法事件全国調査団」(以下、桐生調査団)が結成されました。桐生調査団は2024年3月に桐生市と群馬県に対して公開質問状を提出し、同年4月、桐生市の生活保護行政の問題構造をまとめた要望書を提出しました。また、桐生市問題への批判を受けて、群馬県は2024年1月から2月にかけて桐生市に対して特別監査を実施。その実施結果と是正改善指示が同年6月に市に通知されています。さらに桐生市は内部調査チームと第三者委員会(桐生市生活保護業務の適正化に関する第三者委員会)の設置を行い、2024年10月現在第三者委員会による検証が続いています

本稿では、桐生調査団の一員として桐生市事件の分析を行なってきた筆者が、これまでの調査によって明らかになった桐生市の保護行政における問題構造と実態について解説を行います。

桐生市問題の構造

桐生市の構造的問題を考える上で、「生活保護情報グループ」という市民団体が作成した群馬県内の保護率推移のグラフがもっともイメージしやすいでしょう(図1)。2010年代以降、群馬県内のほぼすべての市が保護率を増加させているなかで、桐生市は2012年から保護率が急減少しており、現在ではピーク時(2011年度)のわずか半分の保護率、被保護人員数という異様な急減少をみせています。保護率の増減自体は人口動態や景気動向など複数の要因が絡むものであり、減少=悪というわけではありません(たとえば好景気による雇用環境の改善で保護率が減少することは良いことでしょう)。ただ人口動態や景気動向については近隣地域で近似するのが通常であり、普通は似たような推移をたどります。全体が上昇傾向にある状況下で、特定の1市のみが保護率を急減させているとき、そこには組織的な保護抑制策が取られていることが疑われます。

図1 群馬県内保護率の推移

出所:生活保護情報グループ(2023)

桐生市がこの異様ともいえる保護率の減少を達成するために用いた手段は、①保護の開始を絞る、②保護からの締め出し、③受給者に対する管理(いやがらせ)の大きく三つに整理できます。それぞれに用いた非常に多彩な手段の一例をここで見ていきます。

①保護の開始を絞る

桐生市における保護申請に占める開始件数(開始率)は全国平均に比べて非常に低いです。全国平均(2022年)では、87・6%と申請の9割近くで保護が開始されていますが、桐生市では2010-2022年度の期間で最高でも78・0%、もっとも低い2018年度はわずか47・6%と、申請件数の半分以下しか保護開始していません。桐生市ではこの生活保護の面接相談業務の補助を目的として、2012年7月から1名、2013年4月から更に1名の計2名の警察OBを配置しました。ちょうど桐生市の保護率が減少に転じた時期です。

さらに、桐生市では、就労支援相談員として警察OB1名を配置、自立支援相談員(生活困窮者対策)としても警察OBを1名配置しました。警察OBを配置している自治体は、桐生市に限らず全国にも存在していますが、ケースワーカー6名程度の福祉事務所に警察OBを合計4名も配置するのは、他自治体と比べてもかなり異様な状況です。

なお、他自治体では警察OBが面接に同席するのは暴力団関係者や不当要求に対応する場合に限るのが通常ですが、桐生市では原則すべての世帯の新規相談・面接に警察OBを同席させて2名体制で対応していたことがわかっています。ここから桐生市が警察OBを不当要求対応ではなく、相談・申請者を委縮させる効果を狙って活用していたことが推測されます。

また、保護申請に占める申請却下の割合(却下率)は高く、全国平均(2022年)の却下率7・5%に比べて、桐生市では却下率が最高で47・6%(2018年)と非常に高い割合となっています。この桐生市の却下の大半は「境界層却下」という非常に特殊な却下が多く行われています。境界層却下とは、申請世帯の生活保護以外の年金収入などの水準が生活保護の規定する最低生活費の境界(ボーダーライン)に位置する場合に検討される仕組みで、医療・介護に必要な費用(介護施設の利用料など)を特例的に減額することで、生活保護が必要な要保護状態ではなくす措置を言います。この仕組みを用いると、年金収入などがあるがその水準が十分でなくギリギリ保護が必要な世帯が、生活保護を利用せずに生活できるようになります。

ただ、これは生活保護のなかでも極めてレアな取り扱いで、人口規模の小さな自治体では年に1、2件も出てこないということが珍しくありません。ではなぜ桐生市はこれほどまでに境界層却下が多かったのでしょうか?

のちの群馬県による特別監査の資料からこのからくりが一部明らかになりました。桐生市は、介護施設入所中の高齢世帯などの申請があった場合、親族から扶養届を徴取してその仕送り金額に「不足分」と記載させて境界層却下にしていたという事案が多数見つかりました。つまり、本来の年金収入などでは明らかに少なく、生活保護が必要な要保護状態の世帯に対しても、年金に加えて親族の「仕送り収入」を作り出し、世帯の収入を水増しすることで架空の境界層として保護を却下していたということです(ひどい事案になると、年金などの収入すらなく、仕送り収入のみで境界層却下した事案も複数ありました)。要保護状態の高齢世帯が申請に来ても、仕送り収入があることにして保護を受けさせないという対応をしていたことになります。

これは境界層該当措置と扶養援助という仕組みを利用したきわめて(マニアックで)高度な手法です(まったく褒められたものではありませんが)。生活保護制度に精通している者が、相当の悪意を持って構想しなければ思いつかないような仕組みだといえます。

②保護からの締め出し

桐生市では「辞退廃止」の割合が非常に多く、最も多い2014年には年間の廃止件数のうち死亡廃止を除いた63件中、26件(4割以上)で辞退届を徴収しています。桐生調査団が入手した群馬県の過去の監査資料によると、少なくとも2018年から2022年までの期間において、桐生市は「保護の廃止」場面で「辞退の強要」が疑われるなど不適切な対応がなされており、毎年県から市に対して是正改善するように監査指摘を受けていました。不適切な取扱いを続けた桐生市はもちろんですが、毎年同じ指摘を繰り返すのみで具体的な改善へつなげられなかった群馬県の責任も強く問われます。

辞退以外の廃止で目立つのは「施設入所」による廃止です。全国平均(2022年)では年間の廃止件数に占める「施設入所」の割合は2・1%ですが、桐生市では常時10%を上回っており、2022年は20・3%と全国平均の10倍です。これは先ほどの境界層却下と同じスキームを転用した方法です。高齢の生活保護世帯が施設に入所すると生活保護の基準が在宅基準から施設基準となり生活費に相当する生活扶助費が大きく減ります。このタイミングで、仕送り収入の(カラ)認定や被保護世帯がそれまでの保護費のやりくりで生じた預貯金の収入認定、境界層措置によって保護を廃止するのです。

生活保護の廃止でこれまで問題となることが多かったのは、主に稼働年齢層(働ける年齢・能力がある世帯)に対して、強引な就労指導による廃止や辞退の強要を迫る事例だったのですが、桐生市においては高齢者世帯をもその対象にしていたことが特徴的であり、異様な保護率減少を支えたといえます。

③受給者に対する管理(いやがらせ)

最後に、③受給者に対する管理(いやがらせ)です。冒頭に触れたハローワークへの日々通所も含めた強烈な就労指導、家計簿管理。生活保護を受給している人々に対してこのように過剰ともいえる管理が行われ、生活保護が権利ではなく恥として、心理的な負担を与えるような構造が作り出されていました。驚くことに桐生市はこのような取り扱いを「本人の自立支援のため」と説明していますが、どう考えても過剰ないやがらせにしかなっていません。このような激しい管理は、受給者が生活保護を利用すること自体を忌避するような状況を生み出します。

これらの手段を総合的に見たとき、桐生市では行政の方針として組織的な保護抑制策が取られていたことが明白といえます。保護率の急激な減少は、単なる経済的要因や人口動態によるものではなく、意図的かつ組織的なものだと考えられます。

桐生市的なものとどうたたかうか

桐生市の保護行政が転換したのが2012年ですが、この年は芸能人の親族の生活保護受給を契機に大きな生活保護バッシングが起こった象徴的な年です。翌2013年に政権復帰した自公政権は生活保護基準を大幅に引き下げ、厳格化する法改正を行いました。厳格化した制度改正のなかには、就労・自立支援の強化や家計管理の強調もあります(家計管理はのちの生活困窮者自立支援制度に引き継がれ、現在では事業化して全国に広まって います)。

桐生市の保護行政は、確かに地方の一自治体の特異な運用であることには違いありませんが、その抑制策が行われた背景には、生活保護に対する世論の厳しいまなざしや、国の生活保護の就労・自立支援強化の流れと無関係ではありません。国は自立支援の方針の曲解や暴走と切り捨てますが、むしろ国の方針を最も先鋭化した先が桐生市です。そしてその底に流れる生活保護への差別や偏見、権利性の剥奪は、いまの日本社会そのものの一部であるといえます。

だからこそ、桐生市的なものとたたかう市民の力が必要と考えます。差別と偏見に満ちた根拠薄弱なバッシングに対抗し、抑圧的で強権的な自治体をしつこく監視し、それに対抗する行政運用をもとめる住民自治が重要でしょう。第2、第3の桐生市を生まないためにも、我々一人ひとりが注視していく責任があると思います

【注】

1 群馬司法書士会(2023)「生活保護の運用の改善を求める要請書」(令和5年11月20日付 群司発第329号)

2 『東京新聞』2023年11月22日付など。

3 桐生市生活保護違法事件全国調査団(2024)「要望書」(2024年4月5日付)。

4 群馬県(2024)「令和5年度生活保護法施行事務監査(特別監査)の実施結果について」(令和6年6月19日付地福第834-18号)。

5 第三者委員会の検証内容について、桐生調査団が検証状況のポイントと更なる検証に向けた要望を2024年9月20日に行っています(桐生市生活保護違法事件全国調査団(2024)「桐生市生活保護行政に関する現在の検証状況のポイントとさらなる検証の必要について」(2024年9月20日付)。

6 生活保護情報グループ(@seiho_infogroup)によるX(旧Twitter)によるポスト。https://x.com/seiho_infogroup/status/1729273898208801277

7 申請率の取り扱いは注意が必要です。申請すらさせないタイプの水際作戦の場合、申請の前の「相談」という形で追い返されてしまい、分母の申請数自体に含まれません。この場合、結果的に申請率が異常に高くなる(99%や100%など)こともあります。

8 桐生市生活保護違法事件全国調査団(2024)「要望書」(2024年4月5日付)。

9 なお、桐生市は就労支援の担当職員も警察OBを配置していますが、普通はハローワークOBやキャリアカウンセラーなどの資格者を充てます。

10 桐生市は市職員自身による保護費の分割支給に加えて、民間団体(社会福祉協議会や民間のNPO法人など)も用いて、生活保護受給世帯の金銭管理を強く勧奨していました。

11 生活保護情報グループが桐生市事件を受けて作成・公表した「生活保護増減率マップ」は、過去10年間(2012-2021)の全国自治体の保護率の経年推移を見ることができます。このように保護行政を可視化し、地域住民一人ひとりが関心をもってまなざすことが、桐生市的なものに対抗する一つの鍵となります。生活保護情報グループ「生活保護増減率マップ

桜井 啓太

大阪府堺市でケースワーカーなど生活保護業務に10年間従事し、名古屋市立大学准教授を経て現職。専門は貧困、生活保護。主著に『<自立支援>の社会保障を問う<自立支援>の社会保障を問う』(法律文化社)など。

    ご意見・ご感想

    一言でも結構ですので、この問題についてご意見・ご感想をお寄せください。

    現在は手が回っていないため個別にお返事することはできないのですが、これらの問題に取り組んでいくために皆様の考えは大変参考にさせて頂いています。

    ※掲載させていただく場合、文意にかかわらない字句修正や一部を抜粋させていただく場合があることをご了承ください。

    ご意見・ご感想等