【論文】生活保護ケースワーカーから見た支援の現場―求められるのは多様な生を保障する制度への転換

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「Aさんと連絡が取れない! 何かあったら役所の責任だぞ!」。

記録的な猛暑が続く夏のある日、福祉事務所に一本の電話が入りました。他の電話に対応していたAさんの担当ケースワーカーは、電話中に渡されたその連絡メモを見て、「またか…」と思いました。

電話を終えたケースワーカーは、祈るような気持ちでAさんの携帯電話へ連絡してみるもののつながりません。その後、予定されていた面談・訪問・会議について矢継ぎ早にキャンセルの連絡を行い、その電話をしながら本日中に処理しなければいけないシステム入力を処理途中のままで終了しました。

キャンセルの連絡を終えると、他のケースワーカーと打ち合わせ中であった係長に割って入る形でAさんについて手短に報告を行い、担当ケースワーカーはAさんの自宅へ急行しました。

Aさんの自宅では呼び鈴やドアを複数回ノックしても応答がなく、心なしかドアの向こうから異臭が漂っているように感じます。電気メーターや新聞受けを確認した上で担当ケースワーカーは玄関ドアにメモを差し入れ、福祉事務所に戻りました。帰庁後はAさんと連絡が取れないことを親族・不動産業者へ連絡し、Aさんの通院先一つひとつに最終受診日や入院の有無を問い合わせました。

その間にも「Bさんの家賃が支払われていない」との家主からの連絡、生活の不安を訴えるCさんからの電話、医療機関からDさんの受診連絡、大きな声で生活保護制度の不十分さを訴えるEさんとの面談、一時扶助(臨時的な需要に対応するために毎月の生活保護費とは別に支給される生活保護費)の申請に訪れたFさんとの面談、さらには同僚から生活保護の新規申請の連絡など、担当ケースワーカーの下には、Aさんとは異なる件で次々と連絡が舞い込みます。

マルチタスクと過密になるケースワーカー業務

これは、あるケースワーカーの業務風景を切り取ったものです。このような状況の中、ケースワーカーは1円単位での生活保護費の計算・支給処理、相談援助業務のケース記録作成、国・都道府県からの調査報告、生活保護利用者の戸籍・金融機関調査、生活状況確認、申告がなされていない生活保護利用者には申告を求める連絡など、複数のことを同時に行わなければなりません。さらにケースワーカーが公務員である以上、庁内会議や研修、打ち合わせ、他課への応援業務など「ケースワーク」以外の業務も課されています。

社会福祉法では、生活保護ケースワーカーは都市部では「80世帯に一人」、郡部では「65世帯に一人」をそれぞれ配置することが標準とされています(社会福祉法第16条)。

昭和の時代から人員不足が指摘されているケースワーカーですが、現在でも都市部の多くの自治体でこの標準数が守られず、中には120~150世帯を担当するケースワーカーも存在しています。

また、生活保護は他法他施策を優先すること(生活保護法第4条「補足性の原理」)や求められる業務の精緻・複雑化、そして寄せられる相談の深刻さもあり、多くの自治体でケースワーカーが疲弊しています。例えば生活保護制定時にはなかった介護保険法が施行されたことで生活保護の中に介護扶助が創設され、その他にも年金や児童手当、障害者総合支援法、国民健康保険、後期高齢者医療保険などの他法他施策に変更があると生活保護制度にもその都度影響が及びます。また、事実上生活保護業務の事務処理基準とされている国からの通知を集めた「生活保護手帳」は既に「手帳」と呼ぶのが疑問なほどのページ数・厚さとなっており、2004年度は594ページであったものが2024年度には1026ページと倍近くのページ数になっています。

生活保護現場に寄せられる相談の中には、時に問題が深刻で、即座の対応が求められることも少なくありません。生活保護の目的の一つである「最低生活の保障」だけを考えれば「経済給付のみを行っていれば良い」とイメージするかもしれませんが、厚生労働省社会保障審議会「生活保護制度の在り方に関する専門委員会」報告書(2004年)では「今日の被保護世帯は、傷病・障害、精神疾患等による社会的入院、DV、虐待、多重債務、元ホームレスなど多様な問題を抱えており、また相談に乗ってくれる人がいないなど社会的なきずなが希薄な状態にある。さらに、被保護者には、稼働能力があっても、就労経験が乏しく、不安定な職業経験しかない場合が少なくない」と生活保護現場に現れる課題の困難・複雑さを指摘しています。この指摘から20年が経過しますが、「貧困」という嵐の中で現れる課題はますます複雑困難になっていると感じます。

例えば「生活保護利用者の自殺率は一般の自殺率に比べて倍以上」と厚生労働省は発表していますが、利用者から希死念慮を打ち明けられたことがないケースワーカーは少ないのではないでしょうか。利用者へ寄り添うことが求められるケースワーカーですが、こういった時にどのように対応すべきか、さらに前述のように次から次へと相談が舞い込む中(つまりケースワーカー側に時間的にも精神的にも余裕がない中)でケースワーカー自身の感情をどう保つか、福祉事務所という組織としてどのように住民の命を支えていくか、はあまり議論がなされていないように感じます。「上司や先輩、同僚に相談したくても皆忙しくしていて相談できない」とのケースワーカーの孤立の問題もあります。また、理不尽に怒鳴られることや利用者の死に立ち会うこと、時には暴力被害に遭うなど、ケースワーカーは大きなストレスにさらされています。

追い詰められるケースワーカーたち

不祥事・不適切対応が報じられることが多いケースワーカーですが、生活保護申請を受け付けない「水際対応」や生活保護費等の着服のほか、私費による支給・立て替えも複数報じられています

これらは立て込んだ業務に処理が追いつかなくなったことや「手続きの仕方がわからなかった」「執拗な要求を断れなかった」ため私費で立て替えたと報じられています。

また、2020年には滋賀県米原市で生活保護利用者からの不当要求を断ち切るためにケースワーカーが保護利用者の腹部を包丁で刺す、京都府向日むこう市では不当要求を断り切れずにケースワーカーが遺体遺棄を手伝った事件が報じられています

生活保護利用者のプライバシー保護が重要であることは当然のはずですが、保護利用者の家賃未納や近隣トラブルについて家主からケースワーカーに苦情を言われることは少なくありません。中には無銭飲食をしたので迎えに来るように警察から呼び出されることや入院先でトラブルを起こしたので迎えに来るように医療機関から言われることも少なくありません。ケースワーカーが生活保護利用者の「保護者」「後見人」のように誤解されることが古くから続いています。

常に複数の対応に追われながら利用者の命や生活に向き合っているケースワーカーたちは、自分の対応が正しいのか、不安や緊張を抱えながら業務にあたっています。このような背景もあってか、メンタルヘルス問題で病気休職をするケースワーカーも少なくありません。

資格があれば解決されるのか

ケースワーカーは、社会福祉主事でなければならないとされており、さらに「社会福祉主事は、都道府県知事又は市町村長の補助機関である職員とし、年齢18年以上の者であって、人格が高潔で、思慮が円熟し、社会福祉の増進に熱意があり、かつ、次の各号のいずれかに該当するもののうちから任用しなければならない。(以下略)」とされています(社会福祉法第19条)。

しかし、現実にはケースワーカーによる不適切な対応や不祥事、「水際対応」やひどい人権侵害が複数報道されています。そのこともあってか「専門職である社会福祉士や精神保健福祉士を配置すべき」との意見を見聞きすることがありますが、それらの資格があれば水際対応や人権侵害、日々現場で起きる様々な課題が解決されるものだとは私には思えません。2021年には古くから専門職のみを配置している自治体での水際対応が明らかとなり、自治体が謝罪したこともありました

必要なのは資格よりもまずは目の前の利用者の声に真摯に耳を傾け、その現場で起こったことをどう評価し、どう次につなげていくかという経験知の積み重ねとそれを組織が支えていくことではないでしょうか。

「そもそも人の話を聞いてくれない、雑談できない相手に、自分の身の上話をしたいと思いますか?」と、ある精神科医に言われたことがあります。

地区担当員制で継続的に関わることができるケースワーカーは、利用者の困りごとを聴きやすい立場にあると言えます。

また、これは経験や資格の有無に関わらずに行えることですし、それは公務員の使命である「住民の幸福追求」に寄与することにもつながります。

生活保護と広がり続ける「自立支援」の暴力性

昨年から報じられている桐生きりゅう市での不適切事例や「滝山病院事件」は生活保護業務の暴力性を明らかにしました(患者への虐待が報じられた東京都八王子市の「滝山病院」では入院患者の半数以上が生活保護利用者であったと報じられています)。

生活保護費を取り扱い、行き場のない住居喪失者や入院患者の行き先を手配するケースワーカーは、利用者からすると生殺与奪を握る強力な権力者であり、ケースワーカーはそのことに自覚的でなければなりません。

また、生活保護の目的の一つに「自立の助長」(生活保護法第1条)がありますが、2005年以降、その自立の内容は「日常生活自立」「社会生活自立」「経済的自立」とされています(厚生労働省社会援護局長通知「平成17年度における自立支援プログラムの基本方針について」)。

これは、それまで「生活保護を利用しないこと」のみを自立と捉えがちであった自立概念の大きな転換となりましたが、現在でも「生活保護を利用しないこと」を美徳とする風潮は拭い切れていません。そのため、「生活保護からの脱却」や「生活保護を利用させないこと」を目的として生活保護制度からの排除が行われている可能性があります。自治体によっては生活困窮者自立相談支援機関で生活保護から遠ざけるような運用がなされていると指摘され、「生活保護に陥る前に」と広報している自立相談窓口もあります。

おそらく水際対応を行っていると認める自治体はどこにもないと思います。それは生活保護制度の趣旨・目的を「生存権の保障」ではなく、上記のように「生活保護を利用しないこと」と誤解していることから生じているのではないでしょうか。

法定受託事務である生活保護業務には都道府県や厚生労働省による自治体監査がありますが、その内容は漏給よりも濫給防止に重きが置かれ、数値化されない自立支援業務や申請援助業務について称賛されることはありません。

さらに「三つの自立」による新たな問題も生じています。それまでは就労支援等の経済的自立に向けての支援を行うばかりであったケースワーカーが、「日常生活自立」「社会生活自立」支援を行うべきとされ、ケースワーカーの支援の射程範囲が広範なものに変化しました。

その中には「不登校」「ひきこもり」「虐待」「社会的入院」「依存症」など、現在社会の中で課題とされていることが生活保護ケースワーカーの支援業務とされたわけです。しかし、それらの課題が生活保護だからといって万事解決できないのは当然です。また、本来は「無差別平等」(生活保護法第2条)であるはずの生活保護ですが、福祉事務所にとっての望ましい姿を「自立支援」という名で利用者に強制するおそれが出てきました。例えばその方には必要であった「不登校」「ひきこもり」という現象をいたずらに解消する暴力性や福祉事務所側にとって都合が良い勤労者を生みだす暴力性を想像してみてください。

このことと、ケースワーカーが7人程度の桐生市で警察OBが最大4人も配置されていたことはつながっているようにも感じます。

あるべき福祉事務所とは

なかなか外からは見えない、理解されにくい生活保護業務ですが、あるべき福祉事務所の姿はどのようなものなのでしょうか。

貸付制度の拡充や度重なる保護基準の引き下げが影響してか、コロナ禍にあっても生活保護利用者数は増加しませんでした。一方、各地の民間支援団体による食糧支援・炊き出しの現場ではコロナ前の倍以上の利用者が訪れ続けていると報じられています。その中には「生活保護だけは絶対に受けたくない」と話す生活困窮者や既に生活保護を利用している方も含まれていて、これは救貧制度であるはずの生活保護が十分機能していないことの表れかもしれません。

本来、生活保護は多様な生を保障する制度であるはずですが、ケースワーカーたちが経験を蓄積できず、業務過多になる中ではその実現は困難です。

福祉事務所に必要なのは、経験知を重ねられる体制であり、そのためには社会福祉法に規定する「80世帯に一人」「65世帯に一人」程度の人員配置ですら不十分です。

生活保護制度が多様な生を保障する制度へと転換されることを望みます。

【注】

2004年、板橋区に入区。行政職。全国公的扶助研究会全国運営委員。アルコール関連問題と福祉研究会世話人。

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