わが国では、行政事務に係る書面をデジタル・データに置き換え、あるいは、事務処理に係る内容をデジタル・データとして蓄積しこれらを管理することは1990年度後半までには政策課題として明確に位置づけられていました。2002年には、「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」(行政手続オンライン化法)が制定され、申請・届出手続につきオンライン化することが目指されました。この段階での行政の「デジタル化」のさしあたりの目的は「行政運営の簡素化及び効率化」にあったと思われます。
2000年代初頭からインターネット環境の整備が本格的に行われ、インターネットが社会で急速に普及することになります。官民データ活用推進基本法が2016年に成立し、国や地方自治体などの行政体は自らが保有する情報を民間でも利活用できる体制を整えることや、行政手続をオンラインで実施することを原則とすることが求められることになりました。マイナンバー法や住民基本台帳法の改正などに続き、2019年に行政手続オンライン化法が大幅に改正され(同法の名称もかわり「情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律」〔デジタル手続法〕となりました)、2021年にはデジタル改革関連法が成立します。これらのデジタル法制やこれをめぐる政府文書を見てみますと、ここで語られている「デジタル化」の法整備の目的は、紙媒体などの情報をデジタル・データに置き換えそれを管理することにとどまらず、また、その対象は国や地方自治体の組織編成、公務労働関係や事務処理過程といった「行政」に限定されてはおらず、私たちの生活空間や労働環境なども含めて、デジタル情報通信技術を利活用しやすいようにつくり変えていくことにその重点があるようです。
このような意味での社会の「デジタル化」を地方自治体の区域で推し進めようというのがスマートシティです。エネルギー分野、防災、観光といった特定の分野のみで「デジタル化」を実践する地方自治体や、環境、エネルギー、防災、観光、教育、医療などの複数の分野での「デジタル化」を目指す地方自治体があります(例えば、会津若松市、千葉県柏市、神奈川県藤沢市など)。スマートシティでの取り組みを基に、スーパーシティ型国家戦略特区(大阪市、つくば市)やデジタル田園健康特区(吉備中央町、加賀市、茅野市)に指定された地方自体があります。このほかに、400を超える地方自治体がデジタル田園都市国家構想推進交付金の採択を受けています。
「デジタル田園都市国家構想基本方針」(2022年6月7日閣議決定)は2025年までにスマートシティを100地域で構築することを目指すとしており、この方針に沿いながら、スマートシティの施策を展開したり、上記のような特区指定の手続をすすめていく地方自治体が増えていくものと推察されます。その際、地方自治体は、区域の「デジタル化」をすすめていくにあたり、住民の「意向」を踏まえ、あるいは「合意」を得るがことが要請されることになるでしょうが、何をもって「意向」を踏まえた、あるいは「合意」を得たといいうるのか、その条件が吟味されなければなりません。
社会の「デジタル化」は規制との調整を必要とします。その調整にあたり、思想良心の自由、通信の秘密、住居の不可侵、プライバシーの権利などの個人の私的空間を保護するための自由や人権、個人情報を本人の同意なく収集することの禁止、収集目的ごとに断片的に存在する個人情報を本人の同意なく集約することの禁止(これらの同意においても何をもって同意したといいうるかが問題となります)、情報の目的外利用の禁止といった自己情報コントロール権を保障するために、私たちがこれまでつくりあげてきた規制を緩和したり、撤廃することを認めてはならないでしょう。「デジタル化」のための法整備過程で、国が行った調整は規制の撤廃と緩和でした。上記のような規制から離れていこうとする「デジタル化」を、規制を再構築しつつ再びこの規制の中に埋め戻すことが、地方自治における「デジタル化」の課題ではないでしょうか。