ダイバーシティ(多様性)という言葉に触れたのは、1990年代に生物多様性の保全に関わる取り組みを知ったときでした。それから30年以上がたち、私たちは人々の多様性を認め合い、すべての人が尊厳あるくらしを営めるような社会にしていく課題に向き合っています。
もちろん、この課題は近年になって突然生じたものではありません。歴史的にみて、長く継続して問われてきた課題といえます。
けれども、障害、病、性的指向・性自認など、人々の間にある多様性を正面から認め、尊厳ある暮らしを実現すべく、現存する壁をなくすこと、この課題を社会が共有し、より日常的にまた深く関わり取り組んでいくことを、正面から議論する状況が今日生まれています。
私が研究をすすめている健康政策、医療政策の領域では、「すべての人へ健康を」というスローガンが用いられてきました(アルマ・アタ宣言)。「すべての人」が健康に向けて、人間らしい暮らしを享受していくためには、人々の多様性を認め、それに対応した暮らしの仕組みをつくっていかねばなりません。
保健・医療サービスへのアクセス保障は、その一つです。実際に誰もがサービスを利用できる状況(アクセス)を確保するためには、それぞれの状況に呼応した仕組みが必要となります。バリアフリー建築により車椅子などでの施設利用が容易になるのと同じく、多様性が引き起こしうるアクセスの壁を取り除くために、具体的な課題を丁寧に掘り起こし対応していくことが重要となります。
さらに、健康には暮らしのあり方とそれに関わる社会の仕組み(社会要因)が重要です。健康に関わる厚生労働省の政策「健康日本21」では健康に向けた社会環境の形成が課題とされています。
あまり知られていないかもしれませんが、この政策では、健康寿命を延ばすこととともに、人々の集団間にある健康の格差(健康格差)を縮小することが位置づけられています。これは人々の多様性と大きくかかわる問題です。
健康格差縮小への取り組みは単一の軸ではなく、格差につながる多様な軸で、すすめることが要請されます。例えば、米国で進められているヘルシー・ピープル2030では、人種・民族、社会経済状態、性(ジェンダー)、障害に関わる状態、性認知、居住地による健康格差を、取り組むべき事柄としてあげています。格差を検討すべき軸は、多くあるのです。
翻って日本の「健康日本21」を見ますと、実際にどういう集団がどういう健康上の問題に直面しているかは明確に示されておらず、多くのことが自治体、そして保健・医療の現場にまかされる格好になっています。
この状況で、多様性をふまえ誰もが尊厳をもって暮らせる社会の実現という課題のフロント・ラインにある自治体にとって重要なのは、住民生活の課題を丁寧に把握し、取り組みをすすめることではないでしょうか。また、それをふまえて必要な対応を国に迫るということも重要でしょう。
注意しなければならないのは、少数の人が直面している課題は、なかなか見えにくい場合があるということです。多様性をふまえた社会に向けて、問題を掘り起こし、人々の声に耳を傾け、当事者の経験への理解(エンパシー)をもち、現状を変えていく自治体の取り組みを期待しています。